エリザベス・テイラーについて

 

復活?

 前回、『家族のかたち』というアンソロージーを紹介した中で、エリザベス・テイラー(小説家)について少し書いた。今回はその続き。彼女についてもう少し。

 エリザベス・テイラーの場合、名前の後ろに「(小説家)」とか「(作家)」と入れないと、あの有名な女優さんと同姓同名ということもあって、かなりまぎらわしい。この小説家は1912年にレディングで生まれ、アビー・スクールを出た。その後、家庭教師をしたり図書館で司書をしたあと、24歳でお菓子工場の経営者と結婚。そしてポイントは1945年からで、この年に小説『リッピンコート夫人の家で』が出版されて作家デビューを果たした。その後、十作を越える長編小説といくつかの短編集を書き、1975年に亡くなった。

 知名度はあまり高くない。彼女はよく「one of the hidden treasures of the English novel」なんて紹介されている。比較的詳しくてアカデミックな現代文学史の本でも、作品や経歴が取り上げられていなかったりして、ちょっと残念なこともある。どうやら「退屈な日常生活を描いた平凡な作家」みたいなイメージがあるせいらしい。でも、ちょうど死後三十年を経た昨年くらいから、少し動きが出てきている。

 まず昨年の4月、出版社のViragoが、エリザベス・テイラーの作品のうち六つの小説をペイパーバックで一気に復刊させた。


■『At Mrs Lippincote's』(1945)
■『A View of the Harbour』 (1947)
■『Angel』 (1957)
■『In a Summer Season』 (1961)
■『Mrs Palfrey at the Claremont』 (1971)
■『Blaming』 (1976)


 たとえば『A View of the Harbour』には、『The Night Watch』などで昨今好評なサラ・ウォーターズのイントロダクションが付いている。そして『Angel』にはこれまた有名なヒラリー・マンテルのイントロダクションが付いている。こんな具合で、今回はなかなか意欲的な出版だと思う。その結果、イギリスの主要紙に書評が掲載されたり、ラジオ番組で紹介されたりして「彼女はやっぱりなかなか面白い」みたいなことになっている。再評価の機運が高まってきた…だろうか。

 もうひとつ、今年2007年、彼女の小説を基にした映画が公開される。これは、フランスの映画監督、フランソワ・オゾン氏による『Angel』(あるいは『The Real Life of Angel Deverell』)という作品。エリザベス・テイラーの小説『Angel』が原作で、ある女性作家の人生を描いたものらしい(少なくとも、小説のほうは…僕は実際には読んでいないので)。フランス本国では今年の3月14日から劇場公開されるということ。果たして『Angel』は日本でも公開されるのだろうか。ぜひ観てみたいと思うところだけれども、僕が調べた限りではまだわからないが、今までのオゾン監督の作品はみんな順調に公開されているようなので、まあ期待していいと思う。

翻訳状況

 日本語で楽しめるエリザベス・テイラーの作品は非常に限られていて、長編小説だと翻訳は皆無。僕の知っているかぎりだと、短編小説のうち、四作品のみが翻訳されている。


深町真理子訳 「生涯のはじめての死」 (青木日出夫編『ニューヨーカー短編集』 角川文庫1973)
原題「First Death of Her Life」(短編集『Hester Lilly』1954)


 これはもともと雑誌『ニューヨーカー』誌に掲載されたもの。とても短い作品。あっと言うまに読み終わってしまうくらい。母の死に際した若い女性主人公の心の動きを描いている。


■伊東昌子訳 「プア・ガール」 (中田耕治編『恐怖の1ダース』 講談社文庫1980) 
原題「Poor Girl」 (短編集『The Blush and Other Stories』1958)


 これはなかなかおもしろいと思った。「生涯のはじめての死」よりも長さはずっとある。ある若い女性の家庭教師が主人公。ある家で七歳の少年を教えている。ところが、彼女は地味でまじめな性格であるはずなのに、自分でわけもわからないうちに、なにやら情熱的な気分にとりつかれてしまうようになる。そしてこの家の主人に関係を迫られるが…という展開。一種の幽霊談であると思う。


小野寺健訳 「蠅取紙」 (小野寺健編訳『20世紀イギリス短篇選』 岩波文庫1987)
原題「The Fly-Paper」 (短編集『The Devastating Boys』1972)


 ピアノのレッスンに向かう女の子が主人公。バスに乗ったところ、変な男に声をかけれて迷惑していると、同乗していたおばさんが助けてくれる。レッスンの時間までちょっと時間があったので、そのおばさんの家に行ってみると…という話。おばさんの家の窓から蝿取紙がぶらさがっているのが、このストーリーの象徴になっている。


■川本静子訳 「ミスタ・ウォートン」 (佐藤宏子/川本静子訳『英語圏女性作家の描く 家族のかたち』 ミネルヴァ書房2006)
原題「Mr Wharton」 (短編集『A Dedicated Man and Other Stories』1965)


 前回のブログで紹介した作品。自分の娘がロンドンで一人暮らしを始めるというので、主人公の母親がその住まいの準備と、生活の手伝いをする。娘は、職場の上司であるミスタ・ウォートンの悪口を始終言っているが、実は彼女はその上司と…という展開。これもなかなかおもしろい。

長編作品翻訳待望論

やっぱり、長編小説をひとつも読めないというのはさびしい。仕方なく英語で読むしかないだろうか。『Angel』については映画を観てから読んでもいいだろうが、もしかすると原作とはちょっと違う話だったりするかもしれないから、逆に混乱してしまうかもしれない。いずれにせよ、他の長編小説もそれぞれの紹介文を読んでいると、なかなか興味をそそられるものばかり。

※映画『Angel』の情報は、フランソワ・オゾン監督のサイトから:http://www.francois-ozon.com/